いよいよ速読トレーニングの成果を試す時がやってきました!!以下の文章をスマホなどでストップウォッチを準備して15秒でどれくらい読めるか計測してください。劇的な変化が感じられるはずです。行の横に書いてある文字数からその行の読めなかった文字数を引いたものがあなたのレッスン後の文字数です。自分を信じてリラックスして読んでくださいね!

 私はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち39

 

明けない。これは世間を憚かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。82

私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執っても心持は122

同じ事である。よそよそしい頭文字などはとても使う気にならない。157

 私が先生と知り合いになったのは鎌倉である。その時私はまだ若々しい書生であった。198

 

暑中休暇を利用して海水浴に行った友達からぜひ来いという端書を受け取ったので、私は244

 

多少の金を工面して、出掛ける事にした。私は金の工面に二、三日を費やした。ところが286

 

私が鎌倉に着いて三日と経たないうちに、私を呼び寄せた友達は、急に国元から帰れとい326

う電報を受け取った。電報には母が病気だからと断ってあったけれども友達はそれを信じ367

 

なかった。友達はかねてから国元にいる親たちに勧まない結婚を強いられていた。彼は現408

代の習慣からいうと結婚するにはあまり年が若過ぎた。それに肝心の当人が気に入らな448

かった。それで夏休みに当然帰るべきところを、わざと避けて東京の近くで遊んでいたの479

 

である。彼は電報を私に見せてどうしようと相談をした。私にはどうしていいか分らな520

 

かった。けれども実際彼の母が病気であるとすれば彼は固より帰るべきはずであった。そ561

 

れで彼はとうとう帰る事になった。せっかく来た私は一人取り残された。595

 

 学校の授業が始まるにはまだ大分日数があるので鎌倉におってもよし、帰ってもよいと634

 

いう境遇にいた私は、当分元の宿に留まる覚悟をした。友達は中国のある資産家の息子で677

 

金に不自由のない男であったけれども、学校が学校なのと年が年なので、生活の程度は私719

 

とそう変りもしなかった。したがって一人ぼっちになった私は別に恰好な宿を探す面倒も757

 

もたなかったのである。773

 

 宿は鎌倉でも辺鄙な方角にあった。玉突きだのアイスクリームだのというハイカラなも810

 

のには長い畷を一つ越さなければ手が届かなかった。車で行っても二十銭は取られた。け852

 

れども個人の別荘はそこここにいくつでも建てられていた。それに海へはごく近いので海892

 

水浴をやるには至極便利な地位を占めていた。私は毎日海へはいりに出掛けた。931

​「こころ」夏目漱石